人として見てもらえない存在

滋賀県高島市の住職系行政書士の吉武学です。

昨日は節分でしたね。
「鬼は外、福は内」の掛け声が有名ですが、鬼とはどんな存在でしょうか。
これはどの立場で話すかで色々変わってくる内容です。
今回は、主に歴史的な視点に立って鬼について話したいと思います。

鬼がよく出てくる話といえば昔話やおとぎ話です。こうしたお話の元が沢山作られたのが平安時代です。
平安時代の頃に人間と見なされるのは、宮中に住む人達だけでした。家屋敷を持つ人も少なく、雨をしのげる環境だけ作って、河原や山に住む人達が沢山いました。放浪しながら盗賊や強盗をしていた人もいます。
宮中から見れば、河原に住む人は河童だし、山に住む人は天狗になるわけです。盗賊なんて鬼ヶ島の鬼ですね。
こうした人ならぬものと見なされてきた人達を式神という名前で束ねていたのが、陰陽師の安倍晴明です。

人ではないものが、死後に浄土を希望するという発想もなかったのが、鎌倉の頃になり、そうした人達にも浄土があるんだ、と言い出したのが、法然、親鸞、日蓮などの鎌倉仏教の始祖になる人達です。

鬼を空想上のものと思わずに、モデルになったものが何か考えると、深イイ話になると思いませんか。