僧侶として何かを伝えられたのかもしれない

滋賀県高島市の住職系行政書士の吉武学です。

1月5日の投稿で遺言が見つかって別のお寺に移られた方からお電話がありました。
年明けに新しいお寺からお参りに来られ、配偶者の方が対応されたそうなのですが、何か違うと感じられ、お子さんを通じてあらためてウチの寺でお参りをして欲しい、と言ってこられました。
これ、相手のお寺さん次第では話がこじれて、大きなトラブルになるところでしたが、相手のお寺も快く応じていただいたので、スムーズに引き継いでいただけました。

なぜウチに?と聞きたいところですが、電話で詳しく聞くことではないな、と思い、後日、お参りに行った際に可能であれば聞いてこようと思います。

その時まで本当のことは分かりませんが、我田引水して自惚れたいな、と思っています。
私、それほど仏教や浄土真宗の学問を修めた訳ではありません。そのため学問的な底はかなり浅いです。
Facebookやtwitterで繋がっているお坊さん方は長年の学問研鑽と修行と思索の中で発言されているので、正直、いつか私の発言が叩かれるんじゃないか、とビクビクしてます。

そうした中でも、私が受け取った教えを、みんなが受け取りやすいように、噛み砕いて話すことを意識してきました。
今回も、枕経、通夜、還骨勤行、七日ごとの中陰で法話をしたり、ご遺族の方の疑問質問に丁寧に応えてきたつもりです。

今回、誰でもいいからお坊さんに来てもらって、よく分からないお経を唱えて、何となく儀式をこなしておこう、と思われたのでなく、私が指名してもらえて、私の法要と法話を求めてもらえた、と自惚れています。
なかなかお寺や住職をやっていてもレアケースなので、自画自讃してしまいました。