選挙公約と選挙買収の境界線

滋賀県高島市の住職系行政書士の吉武学です。
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選挙が近づくと、候補者たちはさまざまな公約を掲げて有権者の支持を得ようとします。
しかし、その公約の中には、当選したら現金や物品を給付するというものがあります。
これは選挙買収にあたらないのでしょうか?また、政権与党が選挙前に減税や給付を行うことは、公約とは違うのでしょうか?
このコラムでは、選挙公約と選挙買収の境界線について考えてみたいと思います。

まず、選挙買収とは何でしょうか。
公職選挙法第221条第1項では、「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき。」と買収を禁じています。
つまり、選挙の結果に影響を与える目的で、有権者や選挙運動者に対して不当な利益を提供することが選挙買収です。

では、選挙公約として現金や物品の給付を約束することは選挙買収にあたるのでしょうか。
これについては、裁判所の判断が分かれています。
例えば、2009年の衆院選で、当選したら一世帯当たり10万円を給付すると公約した候補者に対して、選挙無効の訴えが起こされました。
しかし、最高裁はこの公約は選挙買収には当たらないと判断しました。
その理由として、公約は選挙期間中に公開され、有権者の自由な判断に委ねられるものであり、個別に特定の有権者に対して不当な利益を提供するものではないとしたからです。

一方で、2018年の北海道知事選で、当選したら一世帯当たり30万円を給付すると公約した候補者に対しても、選挙無効の訴えが起こされました。
このときは、札幌高裁はこの公約は選挙買収にあたると判断しました。
その理由として、公約の内容が過度に不当であり、有権者の判断を歪めるおそれがあるとしたからです。
しかし、最高裁はこの判断を覆し、選挙無効の訴えを棄却しました。
最高裁は、公約の内容が不当であるというだけでは選挙買収にはならないとし、具体的な事情や証拠を考慮しなければならないとしたからです。

このように、選挙公約として現金や物品の給付を約束することが選挙買収にあたるかどうかは、裁判所の判断によって異なります。
しかし、一般的には、公約は選挙期間中に公開され、有権者の自由な判断に委ねられるものであり、個別に特定の有権者に対して不当な利益を提供するものではないということが重視されます。
したがって、選挙公約として現金や物品の給付を約束することは、選挙買収には当たらないというのが、現在の法的な見解です。

次に、政権与党が選挙前に減税や給付を行うことは、選挙買収にあたるのでしょうか。
これについては、公職選挙法の規定には直接触れません。
しかし、政治倫理の観点からは、問題があると言えるでしょう。
なぜなら、政権与党は、選挙に有利になるように、国民のニーズや時期を無視して、減税や給付を行うことができるからです。
例えば、この春に、解散がうわさされる衆院選を意識したと思われる減税措置が行われます。
これは、新型コロナ感染が広がって以降の時期から現在までにもっとやるべきだったことを、選挙前にやったということになります。
政権与党が、国民の利益よりも自分たちの利益を優先したと考えられないでしょうか。
減税や給付は、国民のためになることですが、それを選挙のために利用することは、国民の信頼を裏切ることです。

したがって、政権与党が選挙前に減税や給付を行うことは、選挙買収とは違うかもしれませんが、政治倫理に反すると言えるでしょう。
政権与党は、国民のためになる政策を、選挙のタイミングに関係なく、適切に実施するべきです。
選挙公約と選挙買収の境界線は、法律の解釈によって変わるかもしれませんが、政治の信頼は、国民の判断によって決まります。
国民は、選挙公約や減税や給付に惑わされずに、候補者や政党の真の姿を見極めるべきです。
それが、民主主義の本質ではないでしょうか。