好意の対象が目の前にいるかどうか

滋賀県高島市の住職系行政書士の吉武学です。
遺言・相続・葬儀・埋葬・終活のお悩みに「三つのそうだん」でお応えします。
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小2の長女の学校で、自分の名前の由来や小さい頃の写真や思い出の品などを持ってくる宿題が出ていました。
私もやった記憶がありますし、昔からのオーソドックスな内容ではあると思います。
しかし、今や親の離婚・再婚も頻繁に起きている中で、なかなかセンシティブな内容だな、と感じます。
特に離婚していた場合、小さい頃の写真などがないことも多いでしょう。
子どもが親の離婚を自分の中で納得できていても、学校で友達と話をする中で、心の微妙なところに触れる気がして、宿題の出し方に工夫が必要では、と感じました。

相続のお仕事の中、特にエンディングノートを書く中では、自分の名前の由来を調べるのは大きな意味があると思います。
ただその場合は、周りに知られることなく自分だけでやることができますし、心に引っ掛かりがあるならやらずに他のことを進めることができます。
宿題だとそうはいかないところが今の時代の中で考えるべきだな、と思いました。

長女からインタビュー形式で、生まれた瞬間のみんなの様子や名前の由来について聞かれました。
帝王切開で生まれた子なので、近しい人が病院に集まっており、手術室の中から長女の泣き声が聞こえたときに、みんなホッとした顔と笑顔がこぼれたことを覚えています。

「愛」という名前は、「目の前の人を大事にする人に育ってほしい」という意味を込めて付けました。
「愛おしい」という字には「大事にして可愛がりたいと思う」「気の毒でかわいそうだ」「困ったことがあってつらい」といった意味がありますが、一番目が最も多用される意味だと思います。

愛というと「恋愛」という言葉があるように、恋と愛の違いがよくコラムやエッセーのネタとして使われます。
検索してみると、「恋」は自分が大切、「愛」は相手が大切とか、一時的なもので終わるのが「恋」、永遠に続くのが「愛」とか、見返りを求めるのが「恋」、見返りを求めないのが「愛」などが出て来ます。
下世話な所では、漢字の形を使って、下に心があって下心があるのが「恋」、真ん中に心があって真心があるのが「愛」なんていうのもよく聞きます。

私が一番なるほどと思ったのは浪人生時代に予備校で聞いた話です。
古文の授業だったのですが、夏目漱石が「I love you」を「あなたといると月がきれいですね」と訳したという話から、「私は恋をしています」を英訳しろ、と言われました。
「I love you」とか「I want you」とか「I want to be with you」などの意見が出ましたが、先生からは愛とか恋が心がどんな状態なのかが理解できていない、と言われました。

先生の解説では、「愛」は「愛おしい気持ち」なので、目の前に対象がいるときに好きだとか大事にしたいと湧き起こる気持ちであるとのこと。
一方で「恋」は「恋しい気持ち」なので、目の前に対象がいない時に、ここにいてほしいと思う気持ちだと分析されました。
なので「恋しい」気持ちを英訳すれば「I miss you」となるというのが、この時の答え。

当時、この先生の解説が正しいかどうかよりも、一つ一つの言葉に意味があることを感じる姿勢が大事だと感じました。
若者言葉と呼ばれる、なんでも「ヤバい」のように一つの言葉で表現するのでなく、微妙に異なるニュアンスをもって伝えることが素敵だと思いました。

長女も愛という名前を単にloveやlikeのざっくりとした意味で捉えず、目の前の対を大事にする気持ち、というところを受け取ってほしいな、と思います。