国が縮むのを防ぐか、国が縮んでも文化を守ることを選ぶか

滋賀県高島市の住職系行政書士の吉武学です。
遺言・相続・葬儀・埋葬・終活のお悩みに「三つのそうだん」でお応えします。
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行政書士の主要な業務の一つに、外国人の入国等に関する申請等取次の事務があります。
都市部や大きな工場がある地域では、そのための需要も多いようで、これをメインにされている行政書士の方も数多くいらっしゃいます。
私が住む街でも、大きめの工場で働く外国人の方を市内で見かけたりしますが、まだそれほど多くはありません。

毎日新聞の調べで、10年前に比べ、住民登録する外国人が2倍以上かつ100人以上増えた自治体は280市町村あるそうです。
増加幅が最も大きかった北海道京極町は農業に関する技能実習生、香川県琴平町は観光や宿泊業に関する技能実習生の増加が主な理由となっています。

・毎日新聞 この国が縮む前に 「過去10年で外国人が倍以上増えた自治体は280 10倍超も」

元々の外国人を受け入れる制度は、いわゆる3K仕事に人が集まらないため、安い給料で働かそうとするものだと感じます。
現状でも決して高くはないですし、円安の影響もあり、給与面でいえば諸外国に比べてさらに魅力が落ちています。
それでもこの特集の別記事では、出身国で働くよりも多くの金額を家族に仕送りできる、という外国人のコメントもありました。
他国との比較の中で厳しい状況ではあるのでしょうが、全く魅力が無くなったというわけでもないのでしょう。

一方で、こうした外国人が増えることによる摩擦についても報道さています。

・毎日新聞 この国が縮む前に「老いる町で急増する外国人 高齢者と若い外国人が共生する課題とは」

記事中では「最初は和気あいあいとした雰囲気だったけど、人数が増えると問題を起こす人が出てきた」とあります。
人数が少ない時には自己表現もかなり控えめでしょうが、人数が増えてきた時には意識せずとも仲間内で自己表現が発露して、それが異文化の物としてトラブルの元になるのだと思います。

ずっと昔に日本人がアメリカや南米に移住した時も、現地に馴染もうという動きもあった一方で、厳しい環境や外国人差別に耐えるために日本人同士で集まり、日本の文化を発露させていたこともあったと思います。
現にロサンゼルスの日本人街であるリトルトーキョーなどが生まれています。

日本は、少子高齢化に対して問題であることの認識が長年されていたにもかかわらず対策はほとんど打たれませんでした。
そのため、現在は深刻な人口減少が起きていますし、今、子どもが産まれていないということは今後20年にわたっても人口増加が望めないということです。

政治家も含め、国民として今後の日本がどの方向に向いていくか覚悟を決めなければなりません。

一つの道は、現状のように日本生まれの日本育ちの人を中心とした社会のままでいることです。
この道は毎日新聞のシリーズのタイトルにあるとおり、「この国が縮む」道でもあります。
人口が維持できなければ従来からの文化も維持できませんが、人口が維持できるところでは以前からの文化などが継承されるでしょう。

もう一つの道は、労働力となる世代を中心に外国人を広く受け入れる体制を整えることです。
労働生産人口は出産年齢人口も多数含まれることから、今後20年の間にも人口増加の点が改善が見込まれる可能性があります。
その代わりに異文化の人口が増えれば、コミュニティ内にこれまで馴染みのない文化がどんどん入ることは避けられません。
人口が維持できても従来からの文化が淘汰される可能性もあります。

ただ江戸から明治に変わった時や、第二次世界大戦前後は他文化が大きく入ってきた時期でもありますが、それを日本なりにアレンジして取り入れたりしています。
その過程では以前からの文化で失われてきたものもあるでしょうし、時代の中でやむを得ない面はあるのかと思います。

今後、人口や労働力やGDPについて一定規模まで下がることはやむを得ないと受けとめて、それでも以前からの文化を守って、それを特徴として発信する国家になるのも一つの道です。
対して、引き続き世界上位のGDPを生み出す国として存在するために、以前からの文化の衰退や他文化との衝突を覚悟してでも、外国から人口や労働力を受け入れるのも一つの道だと思います。

どちらかだけでなく、非常にグラデーションのある話の中ではありますが、両方ともメリット・デメリットある中でちょうど私たちは岐路に立っていると感じます。