携帯電話によって組織や社会の部品になる

滋賀県高島市住職系行政書士吉武学です。
遺言・相続・葬儀・埋葬のお悩みに「三つのそうだん」でお応えします。
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6月10日は時の記念日でした。
天智天皇の時代に水時計の一種である漏刻で時間を計り、鐘や太鼓で周りに知らせたことに由来します。
ただ制定の由来となったのは、大正期の生活改善運動によるもので、近代化のために時間厳守、時間の節約が唱えられたことによるものだそうです。

時間を決めて待ち合わせするのは今も昔も変わりません。
私が高校生の頃はポケットベルやPHSが流行っていましたが、まだごく一部でした。
友達との待ち合わせは時間と場所を決めて、そこでひたすら待つしかありませんでした。

ただ、相手が何かの事情で遅れるかもしれない、というのは常に考えていたので、本を何冊か持って行って待ち合わせ場所でずっと読んでいました。
友達が遅れてきても本で楽しんでいられましたし、合流してからの「ごめん、ごめん」で全て解決していました。

携帯電話が行き渡ってから、様相が変わっている気がします。
携帯電話を持つようになってから、待ち合わせ中に本や周りを見るのでなく、画面を見る時間が圧倒的に長くなりました。
そのため画面の一部に表示される時間をどうしても気にしてしまいます。

連絡手段もある訳なので、ほんの僅か遅れる場合でも何か連絡がないと非常に気になってしまいますし、少し遅れる場合も連絡するのがマナーと言われてしまうようになりました。

以前なら14時から映画を見るため、バッファをとって13時に待ち合わせしていました。
時間どおりに会えれば予定を追加するし、どちらかが遅れてきても映画の予定には間に合います。
今なら13時45分に待ち合わせとなるのではないでしょうか。

時間どおりに予定が進むので良いといえば良いのですが、こうしたことまで効率化の波が押し寄せているわけです。
効率化とは何かを改めて考えると、人を機械的な部品にしていく作業だと思います。
一定の品質を保ち、感情等の誤差を少なくし、組織や社会という機械の部品になっていく作業です。
機械化とか仕組み化といってもいいと思います。

そして、機械や部品になると、AIやロボットに置き換えが可能になってしまいます。
AIやロボットと人間が何が一番違うかといえば、休みなく同じ品質で動く点です。

携帯電話が登場して効率的な待ち合わせや行動をするようになった結果、私たちの毎日の行動の余剰部分がどんどん削ぎ取られています。
効率的になったといえば聞こえはいいですが、休みなく心身共に動くことを求められるようになり、非常に疲れる毎日になりました。

そもそもは、自分の生活や暮らしを良くするために道具として携帯電話を使っているはずです。
しかし、携帯電話によって自分が組織や社会に使われている部品となる毎日になってしまっていないでしょうか。