デジタルで出来たものの寿命は短い

滋賀県高島市の住職系行政書士の吉武学です。
遺言・相続・葬儀・埋葬のお悩みに「三つのそうだん」でお応えします。
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私が初めて音楽を録音したのは小学生の時。
友だちからカセットを借りて、B.B.クィーンズの「おどるポンポコリン」をコピーしたのが最初です。
それから、CDの時代になり、高校生の頃は通学路の途中にある京阪出町柳駅のTSUTAYAで借りては家でテープにダビングしていました。
当時は9歳上の兄の影響で兄の世代のロックなどをよく聴いていました。

不謹慎な話ですが、阪神大震災の直後は「これで電車が止まるか少なくとも遅延するはずだから、まだダビングできていないCDのダビングを終えてから学校に行こう」と考えていました。

大学生頃からは全然音楽を聴かない時期が続きましたが、iPodを買ってiTunesを通して曲を入れて聞くようになりました。

新聞の記事で「パソコンを買い替え、携帯音楽端末の管理ソフトをインストールしようとして、メーカーのサービスが終わっていたことに気づいた。新しいソフトはあるが、手持ちの端末は10年以上も前の機種のため未対応という。曲の追加などができなくなった。」という部分がありました。

MP3プレーヤーが全盛期の頃は携帯音楽端末のメーカーごとに音楽管理ソフトがありましたが、今や廃れて無くなったり、統合されてしまったところがほとんどでしょう。
完全にデジタルにしてしまったがばかりに、むしろ使いづらくなったように感じます。

現代でも以前と変わらずに使えるのはレコードやCDなど実際に現物があるものでしょうか。
レコードは古いものでもプレーヤーがあれば変わらず再生できます。
ただCDは1990年代頃に購入したものが、劣化により聞けなくなった報告がネットに多数上がっているので、非常に短期でしか使えないものだという事が証明されてしまいました。
ネット記事を見ると、このCDの劣化を特集したバラエティ番組で、ある女優が「医師にでも記録しておくことね」と言ったそうですが、案外言い得て妙かもしれません。

現代になって、古い記録などが見つかる場合、新たな石碑や木簡などが見つかるケースです。
紙の記録が見つかるものもありますが、だいたい江戸時代ぐらいまでの気がしますし、それ以前のものはやはり石や木に刻まれたものです。

お墓としてずっと残っているものは石で出来たものです。
木の墓標は十数年も経てばたいてい朽ちて無くなってしまいます。
ただ昔は、墓地の区画を個人に割り振らず、共同体で共有して使っていたので、傍目には墓標も無く更地になっているところを再度掘ってはお骨を埋めていたので、木である事の意味があったと思います。

学術的な裏付けは何も無い、私の周りだけの感覚的なものですが、自分に身近な墓地を回ってみると石の墓が増えるのは戦後である気がします。
墓標に刻まれた没年を見ると、まず最初に作られたのは戦死された方で階級が高い人のお墓です。
それ以後、日本全体が豊かになってくると共に墓地の区画が個人に割り振られ、そこに「●●家の墓」が建てられているように見受けられます。

石のお墓はいつまでも残るが故に、今後未来に渡っての管理の不安が出てきて「墓じまい」の話に繋がっています。
そして管理が無くて良いお墓を求め、樹木葬や散骨などが流行ってきており、その一部として「デジタル墓」も出てきています。
例えば「ネット墓」として故人を弔うためのホームページを作成して、世界中のどこにいてもお参りができるとしているものがあります。
ただ前述の音楽の話と同じようにデジタルは変化が激しく、少し前の仕組みですら使えなくなるものが多いので、「デジタル墓」もあっという間に使えなくなるのではないでしょうか。

いつまでもお墓が残って困るのが石の墓の「墓じまい」の問題ですが、縁有る人々が生きている時代のうちに利用できなって困ってしまうのが「デジタル墓」の問題かと思います。
いずれにせよ、お墓という自分に縁ある人を繋ぐものでさえ、自分の都合の良いように存在してくれなくては困る、と考える私たちの自分勝手さが見えます。