嘘つき長男とお天道様

滋賀県高島市の住職系行政書士の吉武学です。
遺言・相続・葬儀・埋葬・終活のお悩みに「三つのそうだん」でお応えします。
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小学生ぐらいの男の子はそんなもんだ、と言われれば仕方ないのですが、ウチの長男は約束や決まり事が守れません。
それほど深刻なことはやらないのですが、例えば夕食後に飲む薬を飲まずに済まそうとしたり、飲んだか確認すると嘘をついてしらを切ろうとします。
要するにバレなければ大丈夫、とやってしまうのです。

しかし、所詮は小学生の猿知恵。
ほぼ100%バレます。
しかも、隠そうとしたり嘘をついて隠そうとしたりすることも露見するので、さらに怒られる始末です。

嘘までつかれていると、正直、手が出そうになるくらい怒髪天を突いている状態で怒ることになります。
長男には繰り返し「嘘はバレる」「誰も見ていないと思ってもどこかで誰かが見てたかのようにバレる」と言うのですが、一向に心に響かないようです。

よく日本人が外国人から信仰している宗教を聞かれて「無宗教だ」と答えて、驚かれたり気味悪がられたりすると聞きます。
このことについてのある本での解説になるほど、と思ったのですが、要は信仰する宗教があるということは心のどこかに「お天道様が見ている」という感覚があることだというのです。
なので「無宗教だ」と答える人は、人が見ていないところで犯罪を犯したり、自分が考える合理性で人を殺したりするのではないかと見られるというのです。
いわゆるサイコパスです。

しかし無宗教と答えてしまう多くの日本人は、些細なことでも悪いことをすると後ろめたい気持ちがわきます。
それは特定の神や仏でなくても、人ならぬ何か特別な存在が自分を見ていると考えているということなのでしょう。

長男はその感覚がないのでしょうか。
先ほど長女からも長男に対する不満の声を聴きました。
朝の登校時に長男と長女は一緒にバス停まで行きます。
というか小4の長男に小2の長女を連れて行くように言っているのですが、どうせバレないと自分だけでスタコラ行っていたようです。
そのことを問い詰めると自分が悪い、という顔でなく、長女に対して「なぜ言うんだ!」という不満の顔をしています。

お天道様が見ていると思わないからでしょうか。
それともお天道様が見ていても、どうせ怒られないと思っているからでしょうか。

信仰と書きましたが、お天道様の感覚は、宗教的というより道徳的だと感じます。
お天道様は人の心の中にある良心や正義や善意の象徴です。
お天道様は人の行いを見て、善いことには報い、悪いことには罰を与えるというのではなく、人に自分の行いを反省させ、改めさせます。
お天道様は人に嘘をつかせない、隠させない、逃げさせません。
お天道様は人に正直になること、素直になること、勇気を持つことを教えてくれます。

長男にも、お天道様が見ている感覚を持ってほしいと思います。
それは私が怒るからではなく、自分が後悔するからです。
それは他人に迷惑をかけるからではなく、自分が孤立するからです。
それは嘘がバレるからではなく、嘘が自分を苦しめるからです。
お天道様が見ているということは、自分が見ているということです。
自分の心に正直になることは、自分の幸せにもどこか繋がると思います。

お天道様の存在を信じないか、存在があってもバレないと思っているなら、ひょっとしてうちの子はサイコパス?